311後の忘備録として

5年前の2011年に 原発震災 が発生しました。

原発の放射能汚染問題については以前より関心がありましたので、発生してしまった原発震災によって何が問題になって来るかある程度認識していました。 自分が係る建築業務では様々な材料・建材を使用しますので 『建築物に放射性物質が混入してしまう恐れ』 があることが一番心配でした。

一般のお客様の場合、おそらく住宅建築が一生で一番高価な買い物であると思われます。 その建築物に放射性物質が混入してしまうのは私自身耐えられるモノではありませんでした。 混入してしまうかもしれない恐れがあるというだけで仕事が出来なくなってしまいました。 いくら東京電力や国のしたこととはいえ、根拠もなく大丈夫だろうという感覚で業務を進めることは出来ませんでした。

来る仕事は普通にあったのですが、『今は建てるべきではないと思います!』 と言って断っていました。 自分自身の中で問題なく出来そうだなとの回答が出来るまでは、ちょっと待とうと思ったのです。 生活に困らないだけのお金が貯めてあった訳ではありません (苦笑) 

そして、しばらく 違う仕事 をしていました。

~~~~~
【沿革】

■私達の願い
日本の食を守りたい…未来ある子ども達の命を守りたい…。

■私達の目指すところ
皆様に安心・安全を提供する為、民間において信頼出来る 『放射能測定機関』 を目指します。
食品の精密診断に力を入れた測定業務をさせて頂きます。

検出限界値は、私達が安全と思われる 『ドイツ放射線防護協会』 推奨の4Bq/kgを下回る値を設定しております。
http://icbuw-hiroshima.org/wp-content/uploads/2011/04/322838a309529f3382702b3a6c5441a32.pdf

※計測した結果については…不特定多数の人達に無断で公開することは行いません。
(データが一人歩きして風評被害に繋がる恐れがありますのでご理解ください。)

【いままでの経緯】

私は、以前より原発の危険性をある程度は理解していました。
311後、いつまで経っても 『原発震災』 の正確な被害状況が判らないので、住まいのある浜松の空間線量について自分で調べることにしました。

■2011.5.18 … ガイガーカウンターを入手し、近隣データを仕事用ブログにて公開し始める。

■2011.6.10 … 仕事用ブログが放射線量一色になりそうだったので、放射線量専用ブログ を作る。

『公園は大丈夫か?』 『幼稚園・小学校は大丈夫か?』 『家の近くは大丈夫か?』 との依頼に、自ら計測することで返答に応じました。(無料)
その後、質問内容に徐々に変化が現れるようになりました。
放射能による産地偽装の問題や、放射能汚染によるお茶の問題、下水道で放射性物質が検出されたことにより 『水が大丈夫か?』 との意見が寄せられる様になる。
そして、 『給食が不安だ』 と言う声を多く頂く様になる。

■2011.8. 1 … 有志が数人で集まり 『子どもの給食を守る会 浜松』 を設立し代表になる。

学校給食関係者に対して、 『放射能汚染に対する学校給食の安全性』 を求めて行くと同時に、
『放射能汚染』 の不安を解消するために話し合いの場(お茶会)を提供しています。
また、会としてお金を出し合い、浜松の 『土壌調査』 を行い自ら安全性を検証しました。
『講演会』 なども主催したりしています。

■2011.9.中 … 放射能測定器が足りなくなると判断し、個人での食料の放射能測定器の購入を決意。

『検出限界値』 等を調べるに当って、機械の性能や測る人によって数値に違いが出てしまうという実体が分かり、自分達で測るしかないという結論を得てこの仕事に携わる決意をしました。
妊娠中のあるお母さんが 『私が測らないと…』 と言ったことも心に響きました…。
高性能なガンマ線スペクトロメータ (350万円/台×2台) を購入し、食品の放射能測定業務を有志と創める。

■2012.6.中 … 『子どもの給食を守る会 浜松』 (現子どもの未来を守る会 浜松) の代表を辞退する。
(てぃーだが営利企業ですので、会とは明確な一線を引くべきとの思いからです。)

■2013.1.中 … 本業を建築設計室に戻し、放射能測定室の仕事は無理無く出来る範囲内で行う様に方向転換する。
『放射能測定室の仕事が成り立たない様な社会だったら日本が終わる』 くらいの想いで建築設計室の仕事をほぼ休業して放射能測定室の仕事を全力で行って来ましたが、その前に自分の生活が終わりそうになったので (苦笑) 苦渋の思いでの方向転換でした。

現在…本業とのバランスを程よく保ちながら 『安心食材データベース』 の構築を進めています。

【食の放射能測定への想い】

訳あって 『子どもの給食を守る会 浜松』 という会の代表をすることになり、食の放射能汚染と真剣に向き合う様になりました。 会において自分達で1つ1つのことを調べていくうちにどこに問題があるかということが徐々に明確になって来ました。

一般的にND (不検出) とされたとしても 『検出限界値』 によっては全く安心出来ないことも分かりました。

現在、食の業界全体で 『産地偽装』 が大変な問題となっています。
主な原因としては、生産者の放射能汚染に対する危険を知らないことと流通業界のモラルの無さに拠る所が多いと考えられます。 また、偽装があったとしても行政側で産地の確認が出来ないこともこの問題に拍車を掛けていると思います。

そういう経緯より、きっちりとした安全性を自分達で確かめてみたいと思う様に心境が変化して来ました。 静岡ではお茶に放射能汚染が検出されたことにより、お茶農家さんの経営に大打撃という記事を新聞で読みました。 当事者以外にとっては、 『静岡のお茶=全て放射能汚染されている』 という図式になってしまいました。 安全な食べ物もあるはずなのに、一緒くたにされてしまってはかわいそうで、それこそ風評被害です。

その様なことを防げたらいいなと思いました。 

お店などで 『ベクレル表示』 を明示することにより、浜松~静岡県の食産業がますます活性化され全国へとその安全性をアピールすることが出来たら嬉しい。 安心して暮らせる方式が日本中へ広まって行ったらいいだろうし、また、他県からの人口流入も見込めることでしょう。 そうなれば景気も良くなるし、まさに一石二鳥で素晴らしいと思います。

その様なことを考えると…未来ある子ども達を守る為に、今まさに必要とされる仕事なのだと思う…だから、やりたいと思いました。

【プロフィール】

■近建築設計室主宰
一級建築士、防災士、応急危険度判定士、平成23年度小学校PTA会長 (当時小3、年長、3歳児の父親)

私は、大人として当り前のことをごく普通にしているだけです。
この問題は全ての大人がコトの本質から逃げることなく現実を見つめ、全力で解決に当らなければならない問題だと思っております。

~~~~~

2013年初に 『自分の生活を何とかしないとまずい』 ということに気付き、どん底からの再スタートを切りました。 飛行機のタッチ&ゴーみたいな感じで、失敗したら地面と激突するくらいでした。 今だから笑って書けますが、人ってこうやって追い詰められて死んでいくんだな~ということが少し分かった気がしました。 1~2週間くらい食も通らない寝られない時期もありました。 ただ、もともと楽天的な性格なので、『これ以上は下がれないから、後は上がるしかない!』 と頭の中で切り替えそこから脱出しました。 正直下がる所まで下がると、これ以上は下がれないんですよ (笑)

この経験は不健康であったり年老いている状態であったならまず這い上がれなかっただろうから、いい時期にこのことを経験出来たとさえ思っています。

建築業務はスパンが長い仕事ですから、ゼロからの再スタートというのはとても大変でした。 といっても、会社を始める時とは違って実績があるのでまだ良かったですが…。

本業での収益がゼロの状態でも、測定器のローン返済はずっと続けて来ました。 また、一時期赤字になってしまいましたので、事業用の借り入れもストップされ、そちらの返済もスタートすることとなってしまいました。 まるで住宅ローンを3本抱えているくらいの状態 (泣)

返済の目途を付けるために、保険を解約したり積立金を解約したりいろいろ工面して何とか目途を付けることが出来ました。 携帯電話の見直し等を始めたのもこのことが切っ掛けです。

住宅ローンの組み直しも早くしたかったのですが、所得が一時期赤字になってしまっていたので当然出来ませんでした。 この6月になってやっと住宅ローンの組み直しや借入金の整理が出来てホッとしています。

市民活動的なことをしていると、面と向かって文句を言う人や陰口を言う人とかもいますが、それもまた良しと思っています。 かなり傷付いたこともありましたが、今となっては言った人の方が痛みを感じていると思います。 こちらは出くわしても普通に対面出来ますが、相手は逃げるのではないかと思っています。

世の中の出来事について、ただ盲目的にみんなと同じ様な考え方でいることは避けたいと思います。 どんな時にも自分の頭で考えて、行動すべき時には行動する勇気を持っていたいと思っています。 もっとも過去の反省より、家族の同意を取り付けないと動けない様に行動の制限を受けていますが (爆)

これらの活動を通して一番嬉しかったことは、助けてくれた人がいたことです。 その様な人達に出会えたことが何よりの財産となりました。 本当に有難うございました。 数年掛かってお陰様で少し楽になりました。

311当時に思ったことは、寄り道をすることによって、10年くらいは大変な思いをしそうだなということ。 現在5年が経過して、当初の想像通りにコトは進んでいます。 311以前の状態に戻すまで後5年くらい掛かりそうです。 今後も自分自身で出来ることをコツコツして行きたいと思っています。

お金のことをあまり考えずに、まず初めに思いありきで行動してしまい、大変な思いをしている人の話でした (爆)

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する