3つの供養

横浜の叔父さんの法事に行って、お寺のお坊さんから供養の説法を拝聴しました。

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供養には3つの供養があると言う。
1. 目に見える供養 (お供え物等)
2. 目に見えない供養
3. 心の中で故人を活かし続ける供養


※詳細を忘れてしまったので、インターネットで似た様なニュアンスのモノを探してUPしておきます。 個人的には、3つ目の 「行供養」 がとても大事だと思いました。

【供養のかたち】

『十地経』というお経の中に、供養には三種類あることが書かれています。
  一、利供養
  二、敬供養
  三、行供養
の三つです。

第一の利供養の 「利」 とは物品のことです。  
仏さまやご先祖さまに対し、お花やお線香、季節の果物やお菓子などの品物を供えることをいいます。
さらにお塔婆を建てたり、お布施や仏具をお寺に奉納したり、堂塔伽藍の建立修復などに寄付することも「利供養」です。
中国の南北朝時代、梁の国に武帝という王がいました。武帝は仏教信仰が厚く時々捨身供養をしました。自分の身柄を供養の品として、お寺に差し出してしまうのです。すると政治がストップしてしまうから大変です。そこで大臣は莫大な供養料をお寺に納めて、王を取り返すわけです。
これなど最大級の供養ですが、たびたび行って国の財政が傾いたといいますから、こんな行き過ぎの供養はかえって功徳にならないでしょう。
一方では『賢愚経』の中にこんな話があります。
お釈迦さまのために金持ちが、お金の力でたくさんの油を買い、煌々と萬灯の供養をしました。ところが貧しくて灯明を買うお金のない女性は、自分の髪の毛を売って僅かな油を求め、小さな灯を捧げました。その時、一陣の強い風が吹き、すべての萬灯が掻き消されてしまいましたが、貧者の一灯だけが残ったのでした。
利供養の方法は色々ありますが、真心が込められていることこそ大切なのです。

第二の 「敬供養」 は、敬いの心をこめて、仏・菩薩を讃嘆供養することです。
寺院などで行われている伝統儀式はもちろん、故人に対する追善法要も入ります。また、故人の業績を顕彰することも「敬供養」といえましょう。
大きな寺院では、本尊の縁日や、そのお寺が所属する宗派の開祖の命日などに、伝統的な特別な法要が行われます。大勢の僧侶が出仕して、本尊を讃える経文を唱える声が堂内に朗々と響く厳粛な法要には心が洗われます。機会があれば是非出かけたいものです。
平安の昔、法華八講という法要の声明(節のついたお経)がすばらしいので、牛車を仕立てて、争って聞きに行った話が、枕草子に出ていますが、この法要は今でも連綿と受け継がれています。
さらに、故人の年回法要をお寺にお願いし家族や親族友人などでお参りすることや、追悼集の出版、名前を冠した奨学金や財団の設立なども供養といえましょう。

第三の 「行供養」 とは、文字通り行動が供養になることをいいます。
仏教の教えや故人の教訓などを実践することです。
仏教では特に四つの実践徳目を「四摂事(法)」といい、これを大切にしています。
  一、布施
  二、愛語
  三、利行
  四、同事
の四つです。

「布施」とは自分のものを他に見返りを求めず与えることです。
「愛語」とは、やさしい、いたわりの言葉をかけることです。
「利行」とは、相手にとって役に立つ行いをすることです。
「同事」とは、相手と同じ目線に立って、手を貸してあげることです。
これを実行するのは易しそうで、なかなか困難なことですが、少しでも心がけたいものです。
また、先日新聞に、亡くなった父親の遺訓である「商売は儲けでなく信用である」を守り、家業が倒産から救われ、バブル崩壊をも切り抜けることができた息子さんの話が載っていました。これは父親に対する最高の供養だといえましょう。
以上のように、一言で供養といいますが、利・敬・行の三つの供養がそろうのが本当の供養なのです。



その他、こういう言葉も掲げてありました。

『堪えがたい時は 大木を仰げ 
あの 忍従の 歳月と 孤独とを 思え』


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三ツ沢墓地 の広さには圧倒されます。 迷いそうですね…。 横浜にはもっと広い墓地があるらしいです。
墓地面積 / 区画面積:約 50,302㎡ / 約 33,639 ㎡ (総区画数:約 7,000区画)

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昨日は、朝5時過ぎに家を出て、夜10時過ぎに帰宅しました。

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