丁稚奉公時代

自分が設計事務所でほぼ丁稚奉公だった時代は、手書きでした…指先に芯のあるタコが出来たこともありました。

ひどい時は月に残業140~150時間位していた記憶があります。
仕事終わるのが12時くらいで、片道20km位の帰路はもう眠くて…車を暴走気味に走らせていましたよ。
それで田舎だから消防団なんてモノに入っていた時はもう地獄でした。

朝4時起きで規律訓練が週3~4日…こんなんだったから資格は絶対に取れないと実家を出たんです。
普通の時間帯やちょっと残業して帰って来る人はいいさ、コッチは通勤だけで命懸けだった…。

ボーナスなんて5年いてトータルで50万行ったか行かないか?
当然ゼロだった時もある。
いまでもボーナスという言葉を聞くと若干イライラしてしまう(笑)

当時結婚して金銭的に生活が出来なかったから、設計事務所を辞めて工務店へと転職したのであった。

自己満足で仕事をしていてはいけない…最低でも家族を養えるだけの稼ぎが無いと…。
困ったら雪国に出稼ぎにでも行こうかと思って、大型免許と大型特殊の免許も取ったのも設計事務所時代である。
ついでに大型バイクもそのときね。

やりたい仕事にも就くことは出来なくじっと耐えた時でもある。
お茶くみから青焼きコピーまで何でもやった…同世代の中では苦労した方だと思いますね。
だからといって後悔は一切していない…どんな仕事も絶対役に立つと自分に言い聞かせてコツコツと積み重ねたのであった。

『30歳になったら一級建築士の資格を取って自分の事務所を開く』 と漠然と思っていたら、30歳の誕生日に資格が取れ、会社を創れたのであった…これは不思議だった。
何せ途中では建築なんか何も面白くないから辞めようかって真剣に考えたこともあったから…。

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